文太部長一家のロハスな毎日

フレンチブルドッグの文太部長と3にゃんず、幸多、あゆみ、ちびの仲良し日記とドッグフェイム情報。 

About us

*フレンチブルドッグ 文太部長*
散歩とごはんとおかあはん命。
弟妹喧嘩を仲裁する世界のケーサツ。

*茶トラ猫 幸多(こーた)*
普段はクールを装っているが、
実は一番甘えん坊で超マザコン☆

*白グレー猫 あゆみ*
下僕どもをあごで使い倒す
クールビューティツンデレクイーン。

*サバ白 ちび(Tibby)*
世渡り上手の罰当たり。
ちびの辞書に「遠慮」はない。 

犬のリーダーとは

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連日報道されている川崎の中一の男の子殺害事件。

詳細が明るみになるにつれ、その凄惨さに心臓が雑巾絞り状態になるんですが、殺害を認める供述を始めたという18歳の少年に「リーダー格の」という言葉がついていることにとても違和感があります。

この少年に限らず、いじめをしている子供たちや大人のパワハラなんかもそうですが、本来は守ってやるべき自分よりも小さきもの、弱きものを暴力や恐怖で支配し、自分が気に入らなければ力づくで言うことを聞かせる。


こんな卑怯なやつ、『リーダー』 ですか?



そんなことを考えてニュースを見ながら悶々としていたとき、ああ、これって一昔前の「犬のリーダーになりましょう」っていうしつけ本で言うところの『リーダー』のイメージだなー、と思いました。

(続きは「Read More」で)




これまで何度も書いているので耳にタコの方もいらっしゃるかもしれませんが、私は文太を迎える前からしつけの本を熟読してその通りに実践し、ことごとく失敗して全く何一つうまくいきませんでした。

その結果、それまで読んでいた本の書いてることは全く信用しなくなり、もっと根本的に「犬」のことを理解したいと犬の行動学に関する海外の文献を読むようになり、「犬のリーダー論なんか絶対間違っている!犬に必要なのはリーダーなんかじゃなくて『親』だ!」と鼻息荒く思っていました。

でも、その後もっといろんな本を読むうち、今はやっぱり飼い主は犬のリーダーであるべきだ、と思っています。

ただ、その「リーダー」という定義が、私が今思っているものと、その昔文太がパピーのころに読んだしつけの本とは全く違うんです。

私が徹底的に否定していた昔ながらの「リーダー」というのは、下記のようなものです。
・犬をソファに上げない (リーダーは一段高いところにいる)
・ベッドで一緒に寝ない (リーダーは一番よい場所を使う)
・犬のエサを先にやってはいけない (リーダーは必ず一番先に食べる)
・人間がリーダーであることをわからせるために、マズルコントロール(鼻先をつかむ)やホールドスティール(犬を仰向けにして背後から抱きかかえて動けないようにする)の訓練をしましょう
・自分が通ろうとしているところに犬が寝ていたら、どかせる(リーダーのジャマをしてはいけない)
などなど

嫌がる犬を押さえつけて羽交い絞めにしたところで信用なんぞ生まれるわけがありません。こんなことをしても犬に芽生える感情は「この人はリーダーだ!」ではなく「この人はボクにいやなことをする人だ」というネガティブなものです。

こういうのが、冒頭でいう「暴力と恐怖で他の者を支配する『リーダー』」っぽいなー、と思ったのです。
弱いものを従え、威張り散らしてお山の大将になることは「リーダー」なんかじゃない。


大切なものを守るための強さ
秩序と平和を保つために仲間をまとめる統率力
いざというときに頼りになる包容力
間違ったときに正解に導いてくれる指導力
不安なときに落ち着かせてくれるやさしさ
行動の裏にある感情に気づいてやれる理解力
状況に応じて的確な指示を出せる判断力

犬に信用してもらえる真のリーダーとは、そういうものを兼ね備えた人ではないでしょうか。


最近は「犬はパートナーです」というような言い方をされるようになってきましたが、かと言ってそれも違うと思うんです。もちろん、文太は私にとってよき相棒であり、家族であり、仲間です。

でも、『パートナー』って対等な立場ですよね?現代の人間社会で暮らす限り、犬と人間は対等であっちゃいけないんです。そこはやっぱり人間の方が上の立場にいないといけないんです。(森の中でターザンみたいな生活をしているのなら、対等でもいいし、何なら生物としてのいろんな能力が人間より優れている犬の方が上だっていいと思いますけど。)

なぜか?それは、飼い犬には人間社会のルールに従ってもらう必要があり、
何よりも、犬を人間社会から守ってあげなければいけないからです。

たとえば、散歩中に突然首輪が外れて逃げてしまったとしましょう。
そんなとき、「たまにはひとりでゆっくりしておいで~。」なんて言ってる場合じゃ~ございません!
交通事故に合うかもしれないし、迷子になるかもしれない。
他の犬とケンカになるかもしれなければ、子供を噛んでしまうかもしれない。

そんな、いざというときに犬を危険から守ってやるために、飼い主はガツンと命令して犬にビシっ!と言うことを聞かせる強さをもたなければならないのです。その、「命令→服従」の構図は「パートナー」とはちょっと違うかなーと。



今年11歳になる文太。

毎日ベッドで一緒に寝ています。
ソファーも我が物顔で独占しています。
ごはんもたいてい文太の方が先です。
ジャマなところで寝ていても、そっと寝かせてあげています。
遊んでいるときに寝ころんだ私の上に飛び乗ってくることもあります。
しつけ本の「リーダーになるために」の、真逆のことばかりをしています。


それでも、文太は私の「本気」を知っています。

何かいけないことをしたとき、怒鳴らなくてもましてや力でねじ伏せなくても、静か~に「そんなことをしていいの?」と聞くと即やめます。

いや、口にせずとも、例えば文太の前に仁王立ちするだけで私の顔の表情と毅然とした態度から「ヤバイ!これ、アカンやつや!」と理解してやめます。


わからせる力。
これまで悩んで、悩んで、さんざん苦労した甲斐があって、手に入れた努力の賜物です。
(ただし、文太限定☆)


●おまけ●
そのほかのリーダー論の記事

飼い主は犬のリーダーか、親か
続・飼い主は犬のリーダーか、親か
犬は本当にリーダーになろうとしているのか
犬がリーダーでない理由


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